湯の街周辺、ぶらりと歩いてみませんか?
浅間温泉街の北部には、浅間温泉の歴史を知る上で重要な史跡が散在し、遊歩道で気軽に散策することができます。遊歩道は下図の御射
(“みしゃ”と読みます)
神社から湯薬師までの約1キロ。
温泉に入って火照った体を涼みがてら、散策してみてはいかがでしょうか。
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神宮寺
(写真右)
温泉街の北東、山裾の樹々に囲まれた閑静な環境のなかに建つ古刹「神宮寺」は、かつて筑摩神社の別当寺であったと伝えられ、現在は臨済宗の寺院として、地域の信仰を集めています。
平安時代の作と伝えられている本尊薬師如来座像は市の重要文化財に指定され、その他境内には、小笠原家三代の霊廟貞亨義民、三浦善七の墓地、与謝野晶子の歌碑・上原三川の句碑・高橋玄一郎の詩碑等多くの文化財が残されています。
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御殿山天満宮
(写真上)
この御殿山天満宮は、万治2年(1659)安曇の大樋山から白銀が多量発掘されたので、当時の松本城主水野忠職が祝福祈念として浅間御殿を修復すると同時に、御殿裏山に守護神として天満宮を勧請したのが始まりとされています。
その後、江戸時代には20年毎に修理・修繕が行われて来たようで、現在松本では岡宮神社本殿(市重要文化財)とならび、数少ない江戸時代前期の社殿で、見世棚造りという簡素な形式に彩色を施していることが特徴です。
祭神は菅原道真、本殿は平成11年(1999)市の重要文化財に指定されました。
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御射神社
(写真上)
温泉街の北東の山裾に位置し、古くは浅間神社といわれた由緒ある神社。毎年10月3日の夜開催される「
松明祭り
」は、御射神社の例大祭として全国的に広く知られています。本殿は神明造り、境内には江戸時代の道祖神が三基たたずんでいます。
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御殿山小笠原家廟所
(写真上)
松本城の基礎を築いた初代小笠原家の城主である小笠原貞慶
(さだよし)
と秀政、忠脩
(ただなが)
祖父子を祀った廟所であり、特に忠脩の遺骨が埋葬されています。五輪塔は向かって右から秀政、貞慶、忠脩。
なお、現在の五輪塔は貞享2年(1685)松本城主水野忠直によって建立され、当時は御霊屋が五輪塔を守っていましたが、天保12年(1841)に焼失した後、現在まで再建されずに苔むした石垣だけがひっそりと残っています。
なお、この廟所は昭和60年(1985)市の特別史跡に指定されました。
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御殿山の御竹薮
(写真左)
浅間御殿裏山一帯は松本藩主の山で御殿山と呼ばれ、この御竹薮も石川氏以来、長い間武士の矢竹に使用されました。
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湯薬師
(写真左)
この地は古くから出湯があり、浅間御殿もここから引湯し薬師堂がありましたが、万治2年(1659)水野氏が浅間御殿を改修した折、湯谷社
(ようこくしゃ)
を祀り、湯薬師と名付けました。
堂は明治13年(1880)の上浅間の大火で類焼し、同31年やや上方の現在地に再建されました。
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北大湯のクヌギ
(写真左)
目通り周囲2.7m、枝張りは20m余りあり、クヌギとしては本郷地区最大の巨木で、松本市の保存樹に指定されています。
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茶臼山城跡
戦国時代に小笠原氏の武将赤沢氏によって稲倉城の南の出城として、また赤沢氏館跡(現本郷小学校南付近)との連絡として築城されました。現在では僅かな郭跡と空堀跡が残るのみですが、城跡付近に木村素衛の詩碑が建てられています。
(C) 1998-2005 浅間温泉旅館協同組合
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